タメオのキットは設計が古く精密さがありませんのでモデルファクトリー ヒロのフルディティールキットをベースにプロポーションモデルとして製作しています。
製作に当たってはスジ彫りは一度埋めて細く深く彫り直しています。ディフューザーやカウルのエッジは薄く削り込んでいます。ミラーはミラー面を一段彫り込み鏡面を埋め込んでいます。
シートベルトはリアルな布製に交換、ホイールにエアバルブを追加と細部もディティールアップしています。ブラックは磨きムラが目立つ色なので徹底的に研ぎ出しています。製作は弊社専属プロモデラー多田 道一です。
1986年はヘレスでの初めてのレースでした。アイルトンセナは土曜日の予選でトラフィックに引っかかりタイムアップ出来なかったものの金曜日に出したタイムでも2位マンセルに1秒以上の差を付けポールポジションを獲得しました。
決勝は、無難なスタートを切り、うまくレースペースをコントロールしてピケ、プロスト、ロズベルグ、マンセルらを封じ込め、 40周目、2位に上がってきたマンセルが強力なホンダエンジンを生かし、 セナをパスしました。
しかし、マンセルは勝負を賭けるのが速かったようです。タイヤがたれたため、セナが追い上げてきました。そして59周目にマンセルをオーバーテイクしました。
マンセルははタイヤのグリップ不足にたまらず残り9周というところでタイヤ交換しました。、コースに戻るとセナと20秒差。セナの優勝は確実と思われました。
しかしここからマンセルは、フレッシュタイヤとホンダパワーを生かして 1周につき2~4秒も速いタイムでセナを追い上げます。1992年のモナコと同じ感じですかね。
セナもタイヤは限界に来ていましたほとんどグリップのないタイヤで 何度もコースアウトしそうになりながらも何とかマンニルから逃げます。
ファイナルラップ、2人に差は1.5秒。マンセルのペースを考えるとゴールまでにセナに届くかギリギリのところです。
マンセルはセナを捕らえんとするがセナも巧みなライン取りで防ぐ。 そして最終ヘアピンの立ち上がりでマンセルはセナに並びかけそのままゴール。
その差は 0.014秒。当時史上最も僅差の優勝でした。マンセルは自分が勝ったと思ったそうです。